9月も半ばとなり、朝晩ようやく秋らしくなりました。先週の「目黒のさんま祭り」、そして今日は山形で「日本一の芋煮会」が催され、イベント的にも秋を感じる今日この頃です。ともあれ、季節の変わり目でもありますので、体調管理にご留意の上、来る秋を仕事にレジャーに大いに楽しみましょう!

さて、今回のテーマは「駒込」。豊島区の一番東に位置し、南は文京区、北は北区に接しています。山手線の停車駅でありながら、多くの人にとっては、西隣の巣鴨、東隣の田端に比べて控え目な印象があるかもしれません。ちなみに桜のソメイヨシノは、駒込染井村が発祥だと言われています。

そんな駒込を、六義園近くの売物件の内見で訪れました。周囲は非常に上品な雰囲気が漂うところでしたが、実を言うとこの辺りは、私の幼き頃の思い出と切り離せない、私にとって忘れられない地でもあるのでした。どういうことかと言うと、両親が離婚し、母に引き取られて二人で暮らすようになったのが、まさにこの辺りだったのです。私が小学校2年生から6年生の間のことでした。

私たち母子が暮らしたアパートは、六義園近くの公園の脇に建っていましたが、公園には紙芝居のおじさんを目当てに、いつも沢山の子どもたちが集っていたものでした。また、私が通うことになった滝野川小学校の対面に旧古河庭園があるのですが、コッソリ壁を乗り越えて中に入る方法をいつしか覚え、放し飼いされていたカメを生け捕りにし、家に持ち帰ったものの母に叱られ、泣く泣く返しに行ったことも今ではいい思い出です。母と二人で六義園にスケッチに出掛けたことも、忘れることが出来ません。

当時の駒込には、多くの人で賑わう商店街があり、肩を寄せ合うように小さな家が並ぶ、ゴチャゴチャとした下町のイメージを子ども心に抱いていましたが、今では私が住んでいたアパートはもちろん、同級生のガラス屋、畳屋、パーマ屋など影も形もありません。夕方の開店と同時に飛び込むように通った銭湯も、ちょうど解体されるところでした。50年の歳月が過ぎた訳ですから当然のこととは言え、まるで玉手箱の蓋をとった浦島太郎の心境です。

今の駒込は、山手線を南北に跨ぐ本郷通り沿いにビルやマンションが立ち並んでいますが、一歩裏手に入ればこれから再開発されると思しき駐車場も見受けられます。六義園と旧古河庭園に挟まれたこのエリアは、山手線停車駅だからと言うだけでなく、そもそも上品で文化的な香りがあるだけに、大規模な再開発が動き出せば多くの注目を集めることは間違いないでしょう。

とは言え、思い出が染み付いたこの地の再開発に、センチメンタルな思いが去来するのは私だけではないでしょう。東京オリンピックの開催に向けた今の東京各所の再開発は、多くの人にとって目に馴染んだ風景を一変させるだけではない、それ以上のダイナミックで歴史的なものであるだけに、その影響は計り知れません。2020年以降もここに住み続ける人々のための再開発とならんことを、心から願わずにはいられません。

変わりゆく風景・玉手箱の駒込

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