今週西日本各地を襲った集中豪雨により被害を受けられた皆さまと地域に、心からのお見舞いを申し上げます。人的な被害も大きく、ニュースで流れる映像に胸が痛むばかりですが、一日も早い復興を願わずにはいられません。

さて、少し前の話になりますが、長く西新宿5丁目に住んでいらっしゃったお客様から、所有する区分マンション売却のご依頼をいただき、現地を調査のために訪れたのですが、余りに凄まじい大開発と街の変わり様に大変驚くと同時に興奮を覚えました。同地にあった古い収益物件や区分の仲介のために何度も訪れたのは7年前、それらの収益物件が最近の大開発に飲み込まれていたからです。

新宿の再開発は、淀橋浄水場(余談ですが、ヨドバシカメラの名前は浄水場があった淀橋区に由来します)が東村山に移転した昭和40年以降に活発になる訳ですが、新宿副都心の高層ビル街や都庁はその際のシンボルであり、現在はそれらに隣接するエリアにおいて大規模な再開発が進行しているようです。

西新宿5丁目と6丁目がそれにあたる訳ですが、位置をご説明すると、東の端は新宿警察署、西は中野坂上の東を南北に流れる神田川まで、北は青梅街道、南は新宿公園の北側を東西に走る都道432号線に挟まれた、くさび形の地形です。

高層ビル街の開発に取り残された訳でもありませんが、5丁目は昔ながらの下町で、今も多くの民家が建っており、大江戸線西新宿5丁目駅の開業(1997年)以降、再開発の機運が高まったようです。先に再開発が進んだ6丁目にあった淀橋第三小学校は、同じく97年に他の小学校と合併移転し、今は4丁目で区立西新宿小学校となりました。

廃校となった淀橋第三小学校の跡地は、2005年より各種の芸術団体が同居する芸能花伝舎として建物はそのままに再利用されています。写真でもお判りの通り、芸能花伝舎の裏手にあった住宅地には全面ガラス張りの近代的なビルが建ち並び、昭和の終わりの頃の風景を見ることはもう出来ません。

恐らくは、次の開発の波は5丁目の住宅地に及ぶのだと思います。写真に見える広大な空き地とその向こうに見える高層マンションは、その先駆けでしょう。数少ない商店街だったけやき橋商店会も数年前になくなってしまったようですが、これもこれから目にするであろう再開発のシグナルなのかもしれません。

東京は、まだまだ大きく変貌する途上にあります。その一例に過ぎない西新宿5丁目〜6丁目の大開発の様子が、皆さまの不動産投資のご判断の参考になれば幸いです。

<訂正のお知らせ>
先週ご紹介いたしました小龍包のお店は、「鼎泰豐(ディンタイフォン)三越店」が正しい店名です。大変失礼いたしました。

 

変わりゆく西新宿5丁目と6丁目

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